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マックス・ミルヌイの経歴やプロフィールは?錦織圭のコーチに就任した理由も紹介

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錦織圭の新コーチが2019年11月30日に発表され、現役時代『ザ・ビースト(野獣)』という愛称で親しまれたマックス・ミルヌイ氏が就任する事となりました。

錦織圭は2019年シーズンは終盤には怪我で苦しみ、試合に出場する事も出来ずにシーズンを終える形となってしまいました。

世界ランキングも現在(2019年11月30日時点)は13位と落ちてしまいましたが、2020年には再びベスト8への返り咲きや、東京オリンピックでのメダル獲得を狙っていくと思います。

それには、怪我をする前よりも、もう一段階レベルアップをする必要があります。

そこで期待がかかるのが錦織圭の新コーチであるマックス・ミルヌイ氏。

果たしてマックス・ミルヌイは錦織圭にどのような変化をもたらしてくれるのか、2020年シーズンの錦織圭のテニスの試合を見るのが楽しみです!

個人的には怪我をしないように、格下選手達に省エネで勝てるコツを身につけて欲しいと思っています。

そして強豪選手にベストコンディションで挑んで、初のグランドスラムを制覇した錦織圭の姿が見たいです!!

今回はそんな期待がかかる、錦織圭の新コーチ、マックス・ミルヌイの経歴やプロフィールを紹介。

更に、マックス・ミルヌイが錦織圭の新コーチに就任した理由も紹介します。

マックス・ミルヌイの経歴やプロフィール

マックス・ミルヌイのプロフィール

  • 本名:マクシーム・ニコラエヴィチ・"マックス"・ミルヌイ
  • 愛称:ザ・ビースト(野獣)
  • 国籍:ベラルーシ
  • 出身地:ソビエト連邦 白ロシア・ソビエト社会主義共和国、ミンスク
  • 在住:アメリカ合衆国フロリダ州サラソータ
  • 生年月日:1977年7月6日(2019年11月時点 満42歳)
  • 身長:195cm
  • 体重:93kg
  • 利き手:右(バックハンドは両手打ち)

マックス・ミルヌイの経歴

マックス・ミルヌイは6歳から父親に教えられてテニスを始めました。

1992年、アメリカ・フロリダ州ブレイデントンにあるニック・ボロテリー・テニスアカデミーに留学。

1996年、19歳でプロ入りを果たします。

1998年、混合ダブルスでセリーナ・ウィリアムズとペアを組み、ウィンブルドンと全米オープンの2大会連続で優勝。

1999年、ダブルスで年間4勝の快挙。

2000年、全米オープン男子ダブルスで、レイトン・ヒューイットとペアを組んで初優勝。

この2000年の全米オープンでは、混合ダブルスにも出場し、アンナ・クルニコワとペアを組んで準優勝を果たします。この大会がきっかけで、マックス・ミルヌイには「ザ・ビースト(野獣)」という愛称で呼ばれるようになりました。

その理由は、ペアを組んだアンナ・クルニコワがこの当時、美女として人気絶頂で、対してマックス・ミルヌイは長身でパワフルな選手だったので、ディズニー映画の『美女と野獣』のようなペアだった為、「ザ・ビースト(野獣)」と呼ばれるようになってしまったそうです。

2002年、全米オープン男子ダブルスでは、マヘシュ・ブパシとペアを組んで2年ぶり2度目の優勝。

この2002年の全米オープンシングルスでは、アンドレ・アガシとの準々決勝に勝ち進み、4大大会シングルスの自己最高成績を出し、シングルスでも好成績を残しました。

2003年、ダブルスで年間6勝を挙げます。

5勝はブパシとのペアで、3月下旬のマイアミ・マスターズでは、あのロジャー・フェデラーと組み優勝を果たしました。

2003年2月、ロッテルダム・オープンでシングルス初優勝を挙げ、これがマックス・ミルヌイの唯一のシングルスのタイトルでした。

2005年、全仏オープン男子ダブルスでヨナス・ビョルクマンとペアを組み、男子ダブルスの強豪ブライアン兄弟に勝ち、4大大会男子ダブルス3勝目を挙げます。

2006年、全仏オープン男子ダブルス決勝でもビョルクマンとペアを組み、ブライアン兄弟に連勝し、全仏ダブルス2連覇を達成。

2007年、全米オープンでは、同国ベラルーシの若手ビクトリア・アザレンカとペアを組み、混合ダブルスで2度目の優勝。

2011年、全仏オープンではダニエル・ネスターと組んで5年ぶり3度目の男子ダブルス優勝を果たします。

2012年、全仏オープンでもダニエル・ネスターと組んで優勝し、連覇を成し遂げました。

マックス・ミルヌイはオリンピックのベラルーシ代表選手として、2000年シドニー五輪、2004年アテネ五輪、2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪の4度出場。

シドニーとアテネはシングルスと、ウラジミール・ボルチコフと組み、男子ダブルスで出場しました。

シドニー五輪ではシングルスとダブルスの両方で準々決勝に進出しました。

アテネ五輪ではシングルスで3回戦、ダブルスで2回戦敗退とあまり良い結果は残せませんでした。

北京五輪ではシングルスのみに出場し、1回戦でニコラス・キーファーに敗れ、この試合を最後にマックス・ミルヌイはシングルスから撤退してダブルスに専念するようになったのです。

2012年ロンドン五輪の開会式ではベラルーシ選手団の旗手を務めました。

ロンドン五輪ではビクトリア・アザレンカと組んで出場した混合ダブルスでは、決勝で地元イギリスのアンディ・マリー/ローラ・ロブソン組を破り見事に金メダルを獲得しました。

これがマックス・ミルヌイにとって最初で最後のオリンピックでのメダルとなりました。

唯一獲得したメダルの色が金というのは最高の結果ですね☆

2013年、全米オープン混合ダブルスでアンドレア・フラバーチコバと組んで優勝。

4大大会ダブルス優勝を通算10勝(男子ダブルス6、混合ダブルス4)を達成しました。

マックス・ミルヌイは2018年のクレムリン・カップを最後に現役を引退。

そして2019年、2020年から錦織圭の新コーチへ就任する事が発表されました。

今後はコーチとしてどのような経歴を残していくのかが期待されます。

 

マックス・ミルヌイが錦織圭の新コーチに就任した理由

錦織圭はマックス・ミルヌイが現役時代、錦織圭が練習拠点としているアメリカで一緒に練習していたことがあったそうで、その時に練習熱心で真面目な理想的の先輩という好印象を抱いていたそうです。

2019年の夏ごろから、新しい意見も取り入れようと、新コーチを入れる事を考え、マックス・ミルヌイ氏に声をかけていたそうです。

マックス・ミルヌイ氏は『ザ・ビースト(野獣)』のニックネームでプレーをし続け、前しか見ずに戦うイメージや、野獣という何にも動じない強さに惹かれたのも、新コーチを依頼した理由の一つのようです。

またマックス・ミルヌイは強力なサーブと、相手に襲いかかるようなネットプレーが武器で、錦織圭は「彼ほどの攻撃はしないまでも、サーブとネットプレーは改良して取り入れたい」と、自身の課題克服もマックス・ミルヌイ氏を選んだ理由だと明かしました。

マックス・ミルヌイの経歴やプロフィールは?錦織圭のコーチに就任した理由も紹介のまとめ

錦織圭の新コーチのマックス・ミルヌイはシングルスでは、あまり良い成績は残していませんが、ダブルスではとんでもない成績を残していて、その実力は確かなものです。

そんなコーチからどんどん刺激を貰って、今まであまり勝てていない上位陣の選手達にも、2020年はリベンジを果たして、新しいに錦織圭の姿を見せて欲しいですね!

以上、マックス・ミルヌイの経歴やプロフィールは?錦織圭のコーチに就任した理由も紹介のまとめでした。

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